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カンナビノイド欠乏症について

カンナビノイド欠乏症とは、何らかの理由でAEA(注1)や2-AGなどの分泌量が減少してしまい、それによってECSの機能が低下してしまう病気です。

日光にあまり当たらずにセロトニンが不足するとうつ病になりやすいように、AEAや2-AGなどが不足すると全身の機能の調節に関わっているECSが機能せず、様々な身体的・精神的症状が現れると考えられています。ECSが注目されるようになったのはここ30年ほどであり、まだ研究が十分であるとは言えません。

特に、カンナビノイド欠乏症は21世紀に入ってからアメリカ人医師のEthan Russoによって提唱された非常に新しい概念であり、まだカンナビノイド欠乏症に関して解明されていないことは数多くあります。現段階でカンナビノイド欠乏症によって引き起こされる病気に共通する要素としては、以下のようなものが挙げられます。

  • はっきりとした痛みなどの自覚症状がある
  • 自覚症状以外に検査等での身体的異常が見つからない
  • 症状の原因がはっきりとわからない
  • 検査方法が確立されていない
  • 治療方法が確立されていない
  • 睡眠障害や不安、抑うつなどの精神症状を伴う
  • 生命に関わることは少ないが、生活に支障が出やすい など


カンナビノイド欠乏症によって引き起こされる疾患として、現段階で最もエビデンスが多い疾患が過敏性腸症候群(IBS)、線維筋痛症、偏頭痛の3疾患です。この3疾患は頭や大腸、骨格筋や関節など、全身の全く違う場所に引き起こされる疾患ですが、上述したようなカンナビノイド欠乏症による疾患の要素を持ち合わせています。この3疾患のうちの一つを有している場合は残りの2疾患も併発している可能性が高く、実際にそのような方も多くいます。

過敏性腸症候群(IBS)

IBSの症状である急な下痢や激しい腹痛などは厚生労働省の指定難病である炎症性腸症候群(IBD)と似ています。しかし、IBDでは様々な検査を行うと腸管内に潰瘍が見られたり血液検査で炎症反応が確認されたりしますが、IBSの方は検査を行っても身体には全く異常が見つかりません。

IBSになる原因はハッキリとは分かっていません。特定の食事やストレス、細菌感染などによってIBSが引き起こされることもありますが、現状では決まった治療法や予防法などはありません。消化器官の機能はECSと深く関わっており、蠕動(ぜんどう)運動や消化液の分泌などはECSによって調節されています。そのため、カンナビノイド欠乏症によってECSの機能が低下するとIBSが引き起こされる可能性は非常に高く、カンナビノイドの補充がIBSの治療に有効であるのではないかと考えられています。

カンナビノイド(大麻)は19世紀に流行したコレラの症状である下痢に対する初めての有効的な治療法として使用されていた歴史があります。現代でも大麻が合法とされる国では、多くのIBS患者が下痢を含む様々な症状の改善のために大麻を摂取しており効果的であることを訴えていますが、まだ正式な研究はほとんど行われていない状態です。

ある研究では、AEAが腸の筋肉の収縮に大きく影響していることが報告されています。同研究の筆者はECSが腸の病気や炎症において非常に重要な役割を担っていることを強調しています。また、別の研究ではIBSで下痢症状がある方は健康な人と比べてカンナビノイドの代謝が異なることも観察されています。 そして同文献において、腸に発現するCB1を活性化することで激しい蠕動運動が抑制され、消化がゆっくりと行われるようになることが報告されています。

線維筋痛症

線維筋痛症は長期に渡って全身の筋肉や関節などに痛みやこわばりなどの症状が突然現れる病気ですが、同じような症状が現れる関節リウマチのように検査を行っても身体に炎症が見つかる訳ではありません。現段階において線維筋痛症の症状として最も多く見られる疼痛は、私たちの身体が何らかの要因によって痛みに対する感受性が高くなることで引き起こされると考えられています。

カンナビノイド欠乏症研究の第一人者であるRosso医師は、脊髄での内因性カンナビノイドの量が減少した際にも同じ症状が現れることを主張しています。そして、同じくRosso医師は不足しているカンナビノイドが補充されることでこの痛みに対する感受性を鈍らせることができると言及しています。

実際に、海外のいくつかの研究では多くの線維筋痛症患者がTHCを含有する医療用大麻の摂取によって疼痛の緩和が見られています。 また、同研究では疼痛以外にも筋肉や関節のこわばりが軽減されたり、リラックスできることで睡眠の質が改善されたりといった効果も報告されています。

注1:
アナンダミド (anandamide) またはアナンダマイドは、アラキドノイルエタノールアミド (arachidonoylethanolamide, AEA) とも呼ばれる、神経伝達物質あるいは脂質メディエーターの一種で、内因性のカンナビノイド受容体リガンド(内因性カンナビノイド)として最初に発見された物質である。動物体内にあり、特にに多い。快感などに関係する脳内麻薬物質の一つとも考えられるが、中枢神経系および末梢で多様な機能を持っている。構造的にはアラキドン酸に由来するエイコサノイドの一種である。またN-アシルエタノールアミンと見ることもできる。

偏頭痛

偏頭痛は吐き気や光、音、環境の変化、ホルモンなど、様々な要因によって引き起こされ、男性よりも女性の方がなりやすいとされている病気で偏頭痛患者に見られる光や音などに対する過敏性もカンナビノイド欠乏症によって引き起こされるとされています。

通常、内因性カンナビノイドが十分に分泌されている場合は、中枢神経系において光や音への感受性が調節されます。そして、最新の研究では偏頭痛発生の引き金となると言われている脳の三叉神経血管系の抑制において、AEAが重要な役割を果たしていることが報告されています。これは、体内で自然に分泌されるAEAの分泌が減少すると三叉神経血管系が活性化し、それによって偏頭痛が引き起こされるというものです。

イタリアにある大学の研究チームは、偏頭痛患者の脊髄液中にあるアナンダミド(注1)の量が、健康な人と比べて大幅に減少していることを発見しました。Rosso医師は、この研究結果は偏頭痛患者がカンナビノイド欠乏症であることを支持するエビデンスとして最も有力であるとしています。他にも、偏頭痛は脳内の血管が収縮する場合と拡張する場合の両方のケースが見られます。AEAは脳内の血管の収縮および拡張にも関わっていることが示されています。また、別のイタリアの研究では偏頭痛患者の血小板(血液の凝固に関わる成分)を調べたところ、AEAを破壊する酵素であるFAAHの量が増加していることも報告されています。そして、一般的な偏頭痛の治療にはセロトニンの分泌量を増加させる薬が使用されていますが、AEAにはセロトニン受容体に作用してセロトニン分泌量を増加させる作用もあります。

海外のある調査では、偏頭痛に対して大麻を使用した患者のうち、87.5%が偏頭痛の頻度が減少したと報告されています。平均で月に10.5回の偏頭痛が起こっていたのが、4.7回にまで減少したということです。

その他の慢性疾患

Russo医師はIBSや線維筋痛症、偏頭痛以外にもカンナビノイド欠乏症が関わっている疾患や症状は多くあると指摘しています。

  • 乗り物酔い
  • 多発性硬化症
  • 糖尿病性神経症
  • ハンチントン病
  • パーキンソン病
  • 統合失調症
  • 摂食障害
  • 社会不安障害
  • 自閉症スペクトラム症候群
  • 低出生体重児
  • 嚢胞性線維症
  • 腕神経叢障害
  • 幻肢痛
  • 夜泣き
  • 緑内障
  • 月経困難症
  • 妊娠悪阻
  • 不育症
  • 心的外傷後ストレス障害(PTSD)
  • 双極性障害 など

IBSや線維筋痛症、偏頭痛をはじめ、その他の疾患とカンナビノイド欠乏症の関連はまだ研究段階であり、エビデンスが不足しています。これらの病気や症状に対するカンナビノイドによる治療が、日本やアメリカなどで標準治療として推奨されているわけではありません。